鋳造・鍛造職人のEV転換キャリア再設計 — ギガキャストと東海の生き残り戦略
- 海外メーカーのギガキャスト採用では車体後部の部品点数が約70点から1〜2点に集約されたと報じられ、鋳造・溶接工程の再編が進んでいる。
- 経済産業省などの資料ではEVはエンジン車より部品点数が2〜3割程度少ないという目安が示され、鍛造・プレス品の需要構成が変わりつつある。
- 愛知県は経済産業省の工業統計調査で輸送用機械関連の金属製品出荷額が全国上位にある集積地であり、東海の技能職には独自の転換余地がある。
「うちの型、もう出番がなくなるんじゃないか」——先日、東海地方のある鋳造工場を見学させてもらったとき、40代のベテラン職人さんがぽつりとこぼした一言が、今も耳に残っています。
結論から先にお伝えすると、鋳造・鍛造という技能そのものへの需要が自動車産業からすぐに消えるわけではない、と僕は考えています。ただし「何を、どれくらいの規模で、どう作るか」という注文の中身は、この数年で確実に変わり始めています。今日は自動車の車体まわりを支えてきた鋳造・鍛造職人の皆さんに向けて、EV転換で何が起きているのかを整理し、失敗しやすいポイントも含めてキャリアの選択肢を一緒に考えていきたいと思います。
0. 結論:鋳物と鍛造の「腕」は残る、変わるのは注文の中身
先に僕の結論を書きます。EVもボディやサスペンション部品には金属の塊が必要で、そこに鋳物や鍛造品が使われる構造自体は変わりません。ただし、①一部の部品は巨大な一体成形に置き換わり、②求められる設備投資と技能のレベルが上がり、③少品種大量生産に強い工場と多品種小ロットに強い工場とで明暗が分かれる——この3つの変化は、東海地方の現場でも既に始まっていると僕は見ています。以下、順番に見ていきます。
1. ギガキャストという地殻変動 — 部品点数と溶接点数はどこまで減るのか
まず象徴的な変化として押さえておきたいのが「ギガキャスト」と呼ばれる大型アルミダイカスト工法です。海外メーカーが2020年前後に打ち出したこの手法は、従来は数十点の部品を溶接でつなぎ合わせていた車体後部(リアアンダーボディ)を、一つの巨大な金型で一体成形してしまうというものです。当時の報道では、約70点の部品を1〜2点にまで集約し、車体の溶接点数を大幅に減らしたと伝えられました。溶接工程が減るということは、その分の人員配置や設備投資の意味合いが変わるということでもあります。
ここで大事なのは、この動きが鋳造という技術を否定するものではなく、鋳造をより大規模に使う方向への集約だという点です。溶接や板金プレスで担っていた工程の一部が、より大型の鋳造設備に置き換わっている、という理解の方が実態に近いと僕は感じています。つまり鋳造の仕事自体が増える可能性がある一方、必要になるのは数千トン級の大型ダイカストマシンという、中小規模の工場が単独で用意するには重い投資です。この投資判断の差が、数年後の会社ごとの明暗を分けていくと僕は見ています。
2. 鍛造・プレス現場への波及 — 一体成形と軽量化のダブルパンチ
鍛造・プレス工程にも同様の波が及んでいます。経済産業省などが公表する資料では、エンジンやトランスミッションを持たないEVは、エンジン車に比べて部品点数が2〜3割程度少なくなるという目安がしばしば引用されます。エンジン関連の鍛造品(クランクシャフトやコネクティングロッドなど)はEVでは不要になる一方、モーターやバッテリーケースまわりでは新しい形状の鍛造・プレス品の需要が生まれています。つまり点数としては減るが、単価や難易度が上がる部品にシフトする、という構造変化が起きている、というのが僕の理解です。
実際に僕が話を聞いた東海地方のある鍛造メーカーでは、エンジン部品の受注が数年かけて緩やかに減る一方、EVのモーターシャフトや足回り部品の試作依頼が増えているとのことでした。同じ鍛造という技術でも、図面の複雑さや公差の要求水準は明らかに上がっている、という現場の声を直接聞いています。設備は変わらなくても、求められる段取り力や検査精度が一段上がっている、という感覚です。ある年配の鍛造工の方は「昔は型を叩けば形になったが、今は温度管理のログまで残せと言われる」と話していました。感覚に頼った仕事から、数値で説明できる仕事への移行が静かに進んでいるのだと思います。
3. 東海地方の産業集積と、明暗が分かれた2社のケース
東海地方、とりわけ愛知県は、自動車向けの鋳造・鍛造産業が全国有数の規模で集積している地域です。経済産業省の工業統計調査でも、愛知県は輸送用機械関連の金属製品出荷額で全国上位に位置づけられてきました。豊田市周辺には古くから鋳物工場が集まり、地域内で金型・鋳造・機械加工がひとつながりのサプライチェーンとして機能してきた歴史があります。この集積の強みは、単独の工場では対応しきれない大型設備投資も、地域内の連携や協業によって分散できる可能性がある点だと僕は考えています。
一方で、僕が実際に見聞きした範囲でも、明暗の分かれ方は既に出始めています。あるエンジン部品中心の鋳造工場では、受注の9割近くを既存のエンジン向け鋳物が占めたままで、新規設備投資も先送りが続いていました。求人票を見ても、数年前とほとんど変わらない条件が並んでいたのが印象的でした。対照的に、近隣の別の工場では数年前からモーターケースや足回り部品の試作ラインに投資し、今では受注の3割程度が電動化関連部品に切り替わっていると聞いています。この工場では検査工程にも投資が入り、若手向けの計測研修が新設されたそうです。同じ地域、同じ業種でも、この数年の判断の差が求人の内容や待遇にまで表れ始めている、というのが僕の率直な印象です。厚生労働省の一般職業紹介状況を見ても、金属加工・溶接系の技能職の有効求人倍率はおおむね高水準で推移しており、人手不足自体は業界共通の課題ですが、どの求人を選ぶかで5年後の景色は大きく変わってきます。
4. 生き残りのための3つの選択肢を比較する
ここまでを踏まえて、鋳造・鍛造職人の皆さんが考えられる選択肢を、僕なりに3つに整理してみました。
| 選択肢 | 必要になること | 向いている人 |
|---|---|---|
| ①現在の工程で技能を極める | 多品種小ロット・高難度部品への特化 | 職人としての手技・段取り力に強みがある人 |
| ②大型設備・新工法への技能拡張 | 大型ダイカストマシンや新素材の学び直し | 新しい機械の操作・保全に興味がある人 |
| ③転職で成長領域に移る | モーター・バッテリーケース関連企業への応募 | 環境を変えてでもキャリアを広げたい人 |
①は、大手が大量生産に舵を切るからこそ、小ロット・高難度領域に価値が残るという考え方です。多品種の試作品や補修部品など、大型設備では割に合わない領域は今後も一定量残ると僕は見ています。②は、今いる会社が大型設備投資に踏み切るタイミングに合わせて、自分の技能を広げていく道です。既存の鋳造知識を土台にしつつ、温度・圧力の管理をデータで扱えるようになることが鍵になります。③は、モーターやバッテリーケースなど、EVで需要が伸びている部品を扱う企業に移る選択肢で、鋳造・鍛造の基礎技能があれば、未経験からでも移行できる余地は十分にあると僕は考えています。僕の体感値で言うと、②③の道に進んだ人の求人ベースの年収レンジは、従来のエンジン関連鋳鍛造の求人と比べてやや高めに出ているケースが多い印象ですが、これはあくまで体感値であり、企業や地域差が大きい点はご留意ください。
5. よくある失敗と対処法 — 転換期にありがちな3つのつまずき
ここで、僕が相談を受ける中で実際によく見かける失敗パターンを3つ共有します。1つ目は「会社の受注構成を確認せずに、待遇だけで転職先を決めてしまう」パターンです。求人票の給与欄が良くても、エンジン部品比率が高いままの会社では数年後に仕事量そのものが縮小するリスクがあります。対処法は、面接で必ず「直近1〜2年でどの部品への設備投資をしたか」を具体的に聞くことです。返答が曖昧なら、経営層がまだ方向性を決めかねている可能性があると考えた方がよいでしょう。2つ目は「大型設備への学び直しを先延ばしにしてしまう」パターンです。現状維持でも当面は仕事があるため、つい後回しにしがちですが、大型ダイカストマシンの保全知識は独学が難しく、企業内の実機研修に頼らざるを得ない部分が大きいので、異動や研修の機会があれば早めに手を挙げることをおすすめします。3つ目は「多品種小ロットの強みを言語化できず、転職活動で評価されない」パターンです。日々の勘や段取りの工夫は、履歴書や面接で具体的なエピソードとして語らないと伝わりません。どんな不良を、どんな工夫で減らしたか、数字とあわせて話せるように整理しておくことが、①の道を選ぶ場合には特に重要だと感じています。
6.(結論)現場で今日から始められること
最後に、今日から始められることを時間軸で整理します。まず今週中にできることとして、自分の会社が今どんな部品の受注構成になっていて、この1〜2年でどんな設備投資の計画があるのかを、上司や経営層に直接聞いてみてください。設備投資の方向性が見えれば、自分がどちらの選択肢に近いのかが自然と見えてきます。次に1ヶ月以内の行動として、転職を考える場合は求人票の待遇欄だけでなく、EV関連部品の受注比率や新設備の稼働状況を面接で具体的に質問してみてください。抽象的な「今後は電動化に力を入れます」という言葉だけでなく、どの部品を、いつから、どれくらいの規模で作る計画なのかを聞けば、その会社の本気度が見えてきます。そして3ヶ月以内の行動として、自分がこれまで担ってきた工程での工夫や改善のエピソードを、数字を交えて言語化し、履歴書や面接で使える形にまとめておくことをおすすめします。これは①〜③どの選択肢を取るにしても、あなたの技能を正しく評価してもらうための土台になります。
皆さんいかがでしたでしょうか。鋳造・鍛造という技能は、EV転換の中でも形を変えながら生き続けていく分野だと僕は信じています。では今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 鋳造・鍛造の仕事はEV化でなくなるのでしょうか?
結論として、技術そのものがなくなるわけではない、と僕は考えています。EVもサスペンションや足回りには金属の塊が必要で、鋳物や鍛造品を使う構造自体は変わりません。変わるのは注文の中身で、一部部品は大型の一体成形に置き換わり、単価や難易度の高い部品へ需要がシフトしていく流れが既に東海地方でも見られます。仕事がなくなる心配より、どの技能を伸ばすかを考える方が実務的だと感じています。
Q. 未経験からギガキャスト関連の仕事に転職できますか?
結論として、即戦力採用は難しいものの、鋳造・鍛造の基礎技能があれば移行の余地は十分にある、と僕は見ています。大型ダイカストマシンの操作や保全は既存の鋳造知識の延長線上にあるためです。ただし数千トン級設備への投資判断は企業ごとに差が大きいので、応募先がどの規模の設備投資を計画しているかを面接で具体的に確認することをおすすめします。
Q. 東海地方でこの分野の求人はどこを見ればいいですか?
結論として、受注構成と設備投資の状況を開示している企業を優先して見るべき、と僕は考えています。エンジン関連部品の比率が高いままの企業か、モーターやバッテリーケースなど電動化部品への転換が進んでいる企業かで、5年後の仕事の中身は大きく変わります。求人票の待遇欄だけでなく、面接で『直近1〜2年でどの設備に投資したか』を具体的に聞くことが判断材料になります。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。